巨匠ロバート・アルトマン監督の遺作となったメリル・ストリープ主演の映画『今宵、フィッツジェラルド劇場で』(原題:『A Prairie Home Companion』)が2007年3月に日本で封切りとなった。日本の映画タイトルの「フィッツジェラルド劇場」とは、実際にミネソタ州セントポールのダウンタウンにある劇場で、ここから毎週、1974年以来の人気ラジオ音楽番組『A Prairie Home Companion』が全世界550局から生放送され、4300万人が聴いているという。日本でもAFN(旧FEN=米軍放送)で毎週日曜日午後4時からの2時間、東京地方ではAM放送で楽しめる。
「プレイリー・ホーム・コンパニオン」と公開ラジオ音楽番組
映画『今宵、フィッツジェラルド劇場で』は、その公開ラジオ番組「A Prairie Home Companion」を舞台にした群像劇で、実際に司会者として番組のすべてを取り仕切るギャリソン・キーラーが原案/脚本/出演したフィクション。巨匠と大女優の組み合わせで、映画ファンの間では話題とはなったものの、地味な群像劇の音楽映画ということでヒットとは縁遠い作品だが、アメリカの音楽文化の一端を知ることのできる楽しい作品となっている。
キーラーが故郷であるセントポールでこの人気番組『A Prairie Home Companion』をスタートさせたのは、現在も世界最長寿のラジオ番組であり、公開音楽生放送として毎週末にテネシー州ナッシュビルから1925年以来、80年以上に渡って放送されている『Grand Ole Opry』をモデルにしている。
日本のラジオの現状に比して、生放送のラジオ音楽番組がこれほどの人気を持ちつづけることに驚かれる方も多いだろう。アメリカにはほかにも、コロラド州ボールダーの『e-town』、ケンタッキー州レキシントンの『WoodSongs Old Time Radio Show』、ウェストバージニア州チャールストンの『Mountain Stage』など、数々の公開ラジオ音楽番組が人気を持っている。どの番組も、その土地の人たちに支えられていることは、各地の会場に入ればたちまち理解することだろう。ぜひ、そんな会場に足を向けてみてはいかがだろう…。



▲映画『今宵、フィッツジェラルド劇場で』より (C)2006 Powdermilk Pictures, LLC. All Rights Reserved.
ミシシッピ河の最上流から流れ出すアメリカ伝統音楽
『A Prairie Home Companion』ではその名の通り、「大草原にポツンと建つ一軒家で、ラジオを囲む家族団らんの友」という設定に、軽いジョークとさまざまなジャンルの音楽が絡む。
この「さまざまな音楽」が、どれも日本ではあまり紹介されない種類のもの、ブルーグラスやオールドタイム、ブルースやアーリー・ジャズ、カウボーイ・ソングやウェスタン・スウィングといった、もちろん、アメリカ音楽産業のメインストリームとは縁のない、「ルーツ音楽」とか「アメリカーナ」と呼ばれるジャンルのものだ。
それらはいずれも、アメリカの歴史とともに移民が持ち込み、それぞれの土地に人々の生活とともに根付いていったという伝統を背負った、ホンモノのアメリカ音楽である。そんなアメリカ伝統音楽でもっとも重要な地域が2ヶ所ある。南部アパラチア地方とミシシッピ河流域地帯である。
アメリカのさまざまな伝統音楽がラジオ・ライブで流れ出す『A Prairie Home Companion』は、ミネソタ州から世界に向けて放送されている。そしてそのミネソタ州には、さまざまな音楽を醸成した大切な土地に流れ込むミシシッピ河の源流があるという。
4000キロにも及ぼうという大ミシシッピをミネソタから下っていくと、ジャズが花開いたというセント・ルイス、さらにロカビリーの生まれたメンフィス、そこから支流のオハイオ河を東進すればブルーグラスの生まれたケンタッキーやカントリーのふるさとアパラチアにさしかかる。もちろん、メンフィスからミシシッピをさらに下れば、フランス文化を残したルイジアナのケージャン音楽や黒人デルタ・ブルース、そしてジャズを生んだニューオリンズなど、『A Prairie Home Companion』からの旅はアメリカ伝統音楽発祥の地、アメリカ東南部と南部へのアメリカン・ルーツ音楽巡礼の旅になる。
これから、それらの伝統音楽を順次紹介していこうと考えている。

▲クリンチ・マウンテンのプア・バレイにあるカーター・フォールド。開拓時代から人々は週末になると納屋(バーン)に集まって演奏や踊りを楽しんだ。1920年代のラジオ時代になると、それが「バーン・ダンス」というショウになって放送されるようになった。カーター・フォールドは現在も1年中、毎週土曜日にショウが開かれ近郊近在の人たちが集まってくる。
(写真:小森谷信治)