パハラへ行こう

07年11月28日
Link-USA
パハラへ行こう火の女神「ペレ」が住むというハワイ島のドライブをご紹介させていただきます。時間が押してきたので、キラウエアに向かっています。11号線に入ると何と渋滞?です。東京で言う「断続渋滞」です。

パハラへ行こうしばらくこの渋滞がつづきます。ホナロ( Honalo )から
ケアラケクア( Kealakekua )の町を抜けている途中の写真です。このあたりはコナ・コーヒーの町ですね。

パハラへ行こう渋滞が解消して、いよいよ今日の宿泊地、パハラ( Pahala )に近づいてきました。この景色の向こうには、キラウエアがあるのです。溶岩が海に流れ込んでいる火山地帯です。パハラを過ぎてキラウエアに行く予定でしたが、この時点で諦めることにしました。天気も良くないしと、自分を納得させて、宿泊予定の知人の別荘に向かいます。

パハラへ行こうこれがその別荘です。パハラは、サトウキビ・プランテーション時代の住宅地です。そしてこの別荘は、プランテーションの責任者が住む住居だったそうです。オーナーである知人がたまたま来ているので、お世話になることにしました。後で知ったのですが、この別荘、バケーション・レンタルとして貸しているとのこと、詳しいことはhttp://www.hawaii-pahala.jp/を訪問してみてください。

■家の情報です■5ベッドルーム / 1.3エーカー(1500坪)
手前からは写真で見えませんが庭にモンキーポッドの巨木があります。室内はオーナーが世界中から集めてきたオーナーメントで美しくデコレートされていました。オーナーの楽しみはこの大きな家の広い庭やリビングルームでヨガや気功のエクササイズをすること。本当にリフレッシュされますとのことでした。

パハラへ行こうあとから地図で確認してみました。黄色い矢印をつけたところが、パハラです。パハラのすぐ南には港の跡があります。かつてはここにサトウキビの製糖工場があったそうです。そしてそこは、日系移民がハワイ島に初上陸した場所でもあるそうです。

パハラへ行こうそのプランテーションで働く日系人たとを管理していた人の家に泊まったわけです。いろんなことを考えてしまいました。翌朝、大好物のパパイアをいただきお別れをします。皮肉なことに、帰る日になって、キラウエア観光に最適な快晴になりました。が、今日はもう最終日です。キラウエアへはよらずに、そのままヒロ空港へ向いました。


パハラへ行こうパハラから、キラウエアまで30分、キラウエアからヒロ空港へは、更に30分の道のりです。途中見えたマウナ・ロアです。マウナ・ロアとはハワイ語です。意味は「長い山」です。見たとおり、横に長い山でした。丘のようにしか見えませんが、これで標高が4169mもあります。富士山よりもはるかに高いのです。不思議です。

パハラへ行こうこのあたりの11号線は最高速度が55マイルでした(時速約90キロ)奥に小さく見えているのは最低速度の標識です。40マイル(時速約65キロ)ですね。このあと、ガス欠状態に気付きヒヤリしました。このあたりには、ガソリン・スタンドはおろか、建物すらないのです。国立公園のゲートに辿りつき、ガソリン・スタンドの場所を教えてもらって安堵しました。


パハラへ行こうどうにか、予定のアロハ航空に乗ることができました。写真は、ホノルルへ戻る飛行機の中から撮ったものです。おととい登ったマウナ・ケアが手前に、奥にはさきほど拝んだマウナ・ロアが見えます。マウナ・ケアの頂上には、かすかに天文台が光って見えました。また来たい!と思いました。


■あとがきです■
ハワイ島の愛称は「 Big Island 」です。本当に「大きい島」でした。ハワイ火山国立公園、ヘイアウをはじめ歴史遺跡など、たくさんのポイントを残してしまいました。残念ながら、期待していた程の満足感がありませんでした。少々、高をくくっていたかもしれません。きつい日程、歴史の勉強の甘さなど準備不足を反省してハワイ島を後にしました。ハワイ島だけでなく、オアフ島、マウイ島、カウアイ島にももっとたくさん見るところがあるんだろうと思いました。ハワイの奥深さを実感しています。必ず、もう一度挑戦します!

 

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