大砂丘 Marina Dunes Preserve

08年02月20日
USしゅん

サンフランシスコから南へ向かう


大砂丘ティブロンからサンフランシスコへ戻ってきました。何度も書きますが、USしゅんはサンフランシスコが初めてです。この街の雰囲気が気にいってしまって、サンフランシスコへ帰ってきただけで嬉しい気持ちになりました。が、基本的にリンクUSAの旅は、発行人モクさんの手中にあります。

大砂丘発行人モクさん曰く、リンクUSAのコンセプトは、『フライ&ドライブ』なのです。
必然的にアラモレンタカーで借りたクルマは、サンフランシスコ市街を飛び出し….

大砂丘どんどん南下していきました。やがて道路は、曲がりくねりながら緑の中を走り始めました。
カリフォルニア州といえば、『乾いた大地と青い海』という印象だったので意外な感じです。動脈のように太い『ルート101』というフリーウェイもあるのですが、あえて山側を通っているそうです。

カリフォルニアの歴史


大砂丘お腹が空いてきたので、途中、道路沿いにあったレストランに入りました。何気なく入ったら、メキシカンのお店でした。
そういえば、このあたりはかつては『メキシコ』だったんですよね。
少し、歴史を振り返ってみます。

1821年 イスパニア(スペイン)からメキシコ合衆国が独立。
  メキシコ合衆国は、地域の開発をするためアメリカ人移民を受け入れる。
メキシコ合衆国テキサス州で、アメリカ人人口が急激に増加。
1835年 メキシコ合衆国テキサス州で働くアメリカ人移民団が、テキサス州のメキシコからの独立を目指して反乱を起こす。
1836年 アメリカ人入植者がアラモ砦に立てこもってメキシコ軍と対峙。全滅。
少し前に公開されていた「アラモ」という映画はこの時のお話です。
テキサス独立軍は「リメンバー・アラモ」を合言葉に、メキシコ軍と対峙、メキシコ軍を駆逐する。メキシコはやむを得ず、テキサス共和国の成立を認める。
テキサス共和国政府はアメリカ人によって取り仕切られていました。彼らは当然の流れとして、テキサス共和国のアメリカ合衆国への併合を望みます。が、メキシコはそれだけは許しませんでした。そんなわけで、しばらくの間、北アメリカ大陸に「テキサス共和国」が出現します。
1845年 アメリカ合衆国はテキサス共和国を併合。
1846年 テキサスを併合されたメキシコがアメリカに宣戦。米墨(べいぼく)戦争起こる。
※アメリカ対メキシコの戦争。
1848年 アメリカはメキシコを破り、現カリフォルニア州、現アリゾナ州などの現アメリカ西海岸を得る。
カリフォルニアで金鉱が見つかり……..
1849年 ドラッシュが始まる。


大砂丘かつてはメキシコだった場所に、メキシカンのお店が出ている。当たり前のことかもしれませんが、なんだかいろいろ考えさせられてしまいました。
が、考えたことを忘れるほど、このお店のサルサ&チップスは、最高においしかったです。何より気に入ったのはサルサソースです。瓶に入って出てきて、足りなくなったら自分で注ぎ足します。ドロドロっと注ぎ足すたびに、おいしそうな香りがただよいました。

Marina Dunes Preserve


大砂丘食事が終わったら、再び南下です。
と、海岸沿いに砂丘を見つけました。

大砂丘そこにあったのは、Marina Dunes Preserve という大砂丘でした。

大砂丘発行人モクさんが教えてくれました。
「今日は、モントレーという町へ行きます。ここは、そのちょっと手前だな」
モントレーMonterey )の少し手前にある大砂丘。後から地図で調べてみました。
 
Marina State Beach の場所▼

大砂丘誰もいない駐車場にクルマを停めて、ビーチへ向って歩きます。途中、すれ違ったのはおじさん一人だけでした。

大砂丘

そこには、誰もいないビーチがどこまでも広がっていました。発行人モクさんがポツンとヒトコト。
「大きい景色を見るのはカラダにいいね」
確かに。名言だと思いました。


次回 ⇒ 11. モントレーの水族館 に続く


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