スタックス博物館でオーティス レディングを思う

18年10月09日
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ソウルミュージックの老舗レーベル スタックス・レコードの博物館


ソウルミュージックの老舗レーベル スタックス・レコードの博物館
ソウルミュージックの老舗レーベル スタックス・レコードの博物館スタックス・レコードの前身であるサテライト・レコードが1957年にジム スチュワートにより設立され、翌年に彼の姉であるエステル アクストンが共同オーナーになりましたがカリフォルニア州に同名のレコード会社がある事から、スチュワートの”St”とアクストンの”Ax”を一つにしてStaxスタックス)と改名しました。そしてスタックス・レコードは、このイースト・マクレモア・アベニューにあったキャピトル劇場の跡地に引っ越したのです。スタックス・レコードはソウル、ブルースなどでヒット曲を世界中に送り出しましたが、大手レコード会社に振り回された挙句、1972年に経営ができない状態に追い込まれ、1975年12月に倒産してしまいました。このスタックス・アメリカン ソウル ミュージック博物館は、2003年5月に博物館として再建されました。
スタックス・アメリカン ソウル ミュージック博物館の場所と行き方

オーティス レディングを初めて聞いた頃


オーティス レディング
オーティス レディング僕がスタックスという文字を初めて目にしたのは、おそらく10代の後半だと思います。このレポートの冒頭にも記載しましたが、高校の先輩が「これを聞け」と言って貸してくれたレコード『この熱い魂を伝えたいんや/上田正樹とSOUTH TO SOUTH』に入っていた「お前を離さない」にノックアウトされました。この曲の原曲がオーティス レディングの「Can’t Turn You Loose」だと知ったのはそのすぐ後の事で、オーティス レディングに関して調べました。当時はインターネットの無い時代だから『ブルース、ソウル、R&B 入門』みたいな本を買って調べたと思います。そしてその本の中で紹介されていた『ヨーロッパのオーティス・レディング』(1967年)というライブ盤を買って聞きました。オーティス レディングのライブでのテンションは凄まじい破壊力で、またもやノックアウトされました。しかし、毎日 毎晩『ヨーロッパのオーティス・レディング』を聞きノックアウトされ続けたので、僕は完全にパンチドランカーのようになってしまいました。このアルバムはその名の通りヨーロッパでのライブをレコーディングしたものだし、ローリングストーンズの「サティスファクション」やビートルズの「デイ・トリッパー 」をカバーしているので、当時の僕にとっては、アメリカ南部のソウルミュージックであるという意識を全く持たずに聞いていました。スタックス・レコードメンフィスにあったことも随分と年月が経ってから認識したぐらいです。スタックス博物館のロビーに居て、オーティス レディングを初めて聞いた頃の事を思い出すと、自分の音楽に関する器の中でオーティス レディングがかなり大きな存在だと感じました。

メンフィス名誉市民 忌野清志郎


メンフィス名誉市民 忌野清志郎

スタックス博物館を見学する前にスタッフによるレクチャーがあります。当然ながらスタックス・レコードに関わった有名なミュージシャンの名前が次から次へと出てきますが、初期のスタックス・レコードにおいて最も重要なミュージシャン(グループ)は、Booker T. & the M.G.’s なのです。バンドとしてもヒット曲を持っていますが、初期スタックスのサウンドの要は Booker T. & the M.G.’sが担っていました。
Booker T. & the M.G.’sの名前が出てきて思い出したのが、日本を代表するソウルシンガーの忌野清志郎さん。忌野清志郎さんは2枚目のソロ・アルバム『Memphis』(1992年)を1991年にメンフィスBooker T. & the M.G.’sとレコーディングしたのです。そしてレコーディングの為にメンフィスに滞在中にメンフィス名誉市民の称号が贈られました。1971年に解散していた Booker T. & the M.G.’s がサポートという形でも集まったことは、メンフィスの音楽シーンにおいて大きな出来事だったのでしょう。


ゴスペルから始まったソウルミュージック


ゴスペルから始まったソウルミュージック

展示スペースに入って最初の展示は1906年頃に建てられた南部の教会の様子でした。アフリカから奴隷として連れてこられた人々にとっての最初の音楽は綿花畑での労働歌でした。この労働歌は日常の生活の場やジュークジョイント(酒場)などで歌われるブルースへ発展していきました。教会ではヨーロッパの讃美歌ではなく、リズムが強調されコールアンドレスポンスなどが多用されたゴスペルに生まれ変わって歌われました。このゴスペルの音楽的な要素を取り入れ、福音ではなく大衆的な歌詞を歌ったものがソウルミュージックへとなっていきました。
別の説としてブルースがリズムを強調されリズム&ブルースと発展し、さらにソウルミュージックへと変わっていったという説もありますが、こちらも間違いでは無く、両説が同時発生していたり、クロスカルチャーとして発展していったと考えられます。
ソウルシンガーでクイーン・オブ・ソウル”と呼ばれているアレサ フランクリン(Aretha Franklin)の父親は教会の牧師で、アレサは幼い頃から父の教会でゴスペルを歌っていました。サム クック(Sam Cooke)の父親も教会の牧師で、10代からゴスペル・グループのソウル・スターラーズでリードボーカルを務めてました。他にも、ウィルソン ピケット(Wilson Pickett)、ソロモン バーク(Solomon Burke)、ボビー ウーマック(Bobby Womack)もゴスペル・グループで活動していた経歴を持ち、ゴスペルをルーツに持つソウル・シンガーを挙げればキリが無いほどです。


Express Yourself


Express Yourself

スタックス博物館の館内には大量のアイテムが展示されています。一つ一つを見学しているとかなりの時間が掛かります。特にこの”Express Yourself”ではミラーボールが釣り下がっていて、ディスコのダンスフロアーの様になっており、次から次へとソウルの名曲が流れスクリーンに映し出されるので、つい足が止まってしまいます。なかにはしばらく踊っている人も居ました。


スタジオでミュージック・ライブ


スタジオでミュージック・ライブ

展示の順路を進んで行くと、ミキシングボードが有り、スタジオのコントロールルームのようになっています。そのミキシングボードの向こう側に窓がありスタジオを覗けるようになっています。コントロールルームの展示が通路にあるという、ちょっと斬新なレイアウトに驚きました。窓の向こう側ではミュージックライブのステージをセッテッングしている様子でした。


スタジオでミュージック・ライブ

スタジオに入ってみると、そのスペースはなかなかの広さがあります。それもそのはず、スタックスのスタジオはもともとはキャピトル劇場という映画館だったので広いのは当然です。このレコーディングホールは、当時のレコーディングホールを再現したもので、コントロールルーム(ステージの裏側)に向かってスロープになっています。このスロープにより生み出される独特の音響が当時はスタックスサウンドとして有名になりました。
アフリカの民族衣装をまとった人たちが楽器などをセッティングしていました。もうしばらく後に演奏をするということなので、客席で待機しました。


スタジオでミュージック・ライブ

演奏開始時間になっても誰もステージに現れません。しかし、遠くで打楽器の音が聞こえてきます。もしやと思い、スタジオを出て次の展示順路へ出てみると、やはりミュージシャンたちが演奏しながら通路をスタジオへ向かって歩いてきます。


スタジオでミュージック・ライブ

スタジオの出口から順路とは逆行する形で、次々とミュージシャンたちがスタジオへ入ってきます。


スタジオでミュージック・ライブ

客席の後方の空いたスペースでしばらく演奏していると、順路通りにやってくるお客さんや、通路で演奏するミュージシャンについて逆行してきたお客さんで、スタジオ内に観客が増えていきました。


スタジオでミュージック・ライブ

バンドメンバーがステージに着いた頃には客席の椅子は満席になり、先ほどまで演奏していた客席後方のスペースにも立ち見のお客さんが増えてきました。ジャンルはアフリカン・ジャズと言ってましたが、最初の方は純粋なアフリカン・ミュージックを演奏していました。途中からアフリカンリズムを強調したクロスオーバー・ミュージックに変わっていきました。


スタジオでミュージック・ライブ

演奏が数曲進んだところで、多くの子供たちが観客席にやってきたので、バンドの指示に従って椅子席を数メートル後ろへ下げて、ステージと客席の間にスペースを設けて、そこに子供たちが座りました。子供達が来てからは、よりソウルミュージックに近いサウンドに変わり、子供たちも熱心に耳を傾けていました。なかなか日本では聞けないアンサンブルだったので良いタイミングで見学できたことに満足しました。


展示物の写真も撮りましたが、キリが無いので割愛しますが、スタックス博物館はソウルミュージック・ファンには見応えのある博物館です。
スタックス・アメリカン ソウル ミュージック博物館のH.P.


次回 ⇒ 49. ウィリー ミッチェルズ ロイヤルスタジオを訪問 に続く


 ミシシッピ・リバー・カントリーUSA  Memphis Tourism


  1. メンフィス Home of the Blues and the Birthplace of Rock 'n' Roll
  2. WiFiルーターと翻訳機 ili
  3. メンフィス国際空港 Memphis International Airport
  4. サウス・メイン・ストリート S Main Street
  5. ブルース ミュージック アート ミュージアム Blues Music Art Museum
  6. ビールストリートへやってきた
  7. ギブソンギター メンフィス工場の現状
  8. ビールストリートを歩いてみる
  9. マディソン ホテル Madison Hotel
 10. 夜のビールストリート
 11. アーケードレストラン The Arcade Restaurant
 12. 国立公民権運動博物館を見学
 13. ブルースの殿堂博物館(Blues Hall of Fame Museum)へ
 14. セントラルBBQでランチ
 15. サウス・メインストリート歴史地区 South Main Street Historic District
 16. グレースランド エルビス プレスリーのテーマパーク
 17. メンフィス ドラムショップ Memphis Drum Shop
 18. Railgarten Ping Pong
 19. ビッグ・リバー・クロッシング ミシシッピ川を渡る
 20. イッタ・ベナ・レストランでディナー
 21. ビール・ストリート・ランディングに行ってみた
 22. リバーウォークとリバーサイドドライブ
 23. Temple of Deliverance の礼拝を見学
 24. メンフィス・ロックンソウル博物館でメンフィスの音楽に関して学ぶ
 25. クロスタウン コンコースでヘルシーランチ
 26. シェルビー・ファームズ・パークでサイクリング
 27. 日曜日 午後のビールストリート
 28. Memphis Blues Trail 61 のサイン
 29. ピーバディ メンフィスのダッグマーチ
 30. ピーバディ メンフィスのランスキーブラザーズ
 31. バスプロショップス・アット・ザ・ピラミッドのLookOut
 32. フライト レストラン & ワインバー でディナー
 33. ラム・ブギー・カフェでグッドミュージックに浸る
 34. カフェ キーオでヨーロピアン・ブレックファースト
 35. サンスタジオを見学 2階の展示スペース
 36. サンスタジオを見学 レコーディングスタジオ編
 37. コットンミュージアムでメンフィスの歴史を学ぶ
 38. テネシー ウェルカム センター に寄ってみた。
 39. Gus's Fried Chicken 世界的に有名なスパイシーフライドチキンの店
 40. スレイブヘブン博物館で黒人奴隷の逃亡について学習する
 41. Lansky Bros. Clothier to the King
 42. メンフィス音楽大殿堂博物館を見学
 43. ザ ビューティー ショップ でディナー
 44. ブルー プレート カフェ Blue Plate Cafe
 45. オーバートン・バークへ行ってみた
 46. オーバートン・スクエア ミッドタウンのランドマーク
 47. オーバートン・スクエアの周辺
 48. スタックス博物館でオーティス レディングを思う
 49. ウィリー ミッチェルズ ロイヤルスタジオを訪問
 50. ローレンス“ブー”ミッチェル氏
 51. 約束の地、メンフィス ~テイク・ミー・トゥー・ザ・リバー~
 52. ロイヤルスタジオ <番外編>
 53. チャールズ ベルゴズ ランデブーでバーベキューリブをいただく
 54. メンフィス探訪 2018 まとめ


スタックス・アメリカン ソウル ミュージック博物館の場所と行き方


Stax Museum of American Soul Music 926 E. McLemore Ave Memphis, TN


メンフィス国際空港からスタックス・アメリカン ソウル ミュージック博物館へ、車(レンタカー)で行く場合の一例。

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