州の成立過程

17世紀、フランスの探検家ラ・サールは先住民族イロコイ族にミシシッピ川につながるオハイオ川を教えられ、西へ向かう探検を始めます。そしてこれをきっかけにオハイオは発見されることになりました。
ちなみに「オハイオ」とは先住民族の言葉で「美しい、偉大な川」を指すのだとか。
この西へ流れる大きな川は、入植者たちの開拓へも大きな影響を及ぼします。
というのも、後に開拓者たちはこの川を使って、西へ西へと開拓を進めてゆくことになるからです。
18世紀に入り、この地にイギリスが進出、ペンシルバニアやバージニアからやってきた人々により開拓が進められていきます。
この地の領有権を巡ってはイギリスとフランスが対立し、フレンチ・インディアン戦争が起こります。
戦いはイギリスが勝利し、1763年に締結されたパリ条約によりフランスはこの地を手放し、事実上北アメリカ大陸から撤退することになりました。
この戦いにおける莫大な戦費を植民地民に税として課した結果、イギリス本国への反発が強まり後の独立戦争を引き起こすきっかけとなるのです。
その後の連合会議で、オハイオは北西部領土という政治区分で、周辺の州と一緒に括られます。
徐々に周辺が州として昇格していき、オハイオも1803年2月19日、正式に合衆国17番目の州となりました。

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