州の成立過程

オマハ族などが暮らすこの地に、最初のヨーロッパ人がやってきたのは18世紀になってからのことでした。
彼らの職業は毛皮商人であり、ここに交易所を設け、商売の拠点としたと言われています。
この地は1803年にナポレオンが行ったルイジアナの売却によってアメリカにもたらされた土地です。
そして、この州の歴史を語る上で欠かせないのが1854年に制定された「カンザス・ネブラスカ法」という法律です。
このカンザス・ネブラスカ法とは、ミズーリ州を奴隷制にする代わりに、ミズーリ州の西にあるエリアに2つの準州の成立を認め、その準州が奴隷州となるかならないかは、住民の意思に任せる、とした法律です。
これ以前、アメリカには北緯36度30分の準州で奴隷制を禁止するとしたミズーリ協定というものがありました。
この協定から考えると、ネブラスカの地は自動的に奴隷制を認めない自由州となるはずでした。
ところがカンザス・ネブラスカ法が制定されたことより「奴隷州とするか否かは住民の意思次第」という形式がとられることになり、ミズーリ協定の原則は撤廃されてしまいます。
当時奴隷制の是非を巡っては、国の南北で大きな対立があったわけですが、新領土をどちらに属させるかということは常に大きな問題でした。
この法律は、次々と誕生する自由州に脅威を感じていた南部の人々には大いに歓迎されることになりましたが、これにより、ますます南北の対立が深まっていくことになります。
そして1854年、この地はネブラスカ準州とされ、1867年3月1日、37番目の州として昇格しました。

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