州の成立過程

ハワイ諸島へ人類が移民してきたのは、4世紀から8世紀頃といわれています。
独自の文化を築き暮らしている中、初めてヨーロッパ人がやってきたのは18世紀になってからのことです。
1778年、イギリス人探検家、キャプテン・クックによりハワイ諸島は発見されました。
翌年、再びハワイに戻ってきたクックは、先住民とのもめごとで殺害されてしまうのですが、
彼の来訪はハワイの歴史の大きなターニングポイントになりました。

これをきっかけに白人たちとの交流が生まれ、さまざまな白人の文化がこの地に流れ込みます。
たとえば銃器は、カメハメハ1世がハワイ王国を建国するのに大きな役割を果たしました。
このように先進した道具などが流入し、文化的に進歩をみせた良い点もありますが、
いいことばかりではなく伝染病が流行りハワイアンの人口が激減したり、マイナスの面もありました。

1810年にはカメハメハ1世によりハワイ全土は統一されます。
カメハメハ王朝はその後5代続くことになります。
カメハメハ2世の時代、キリスト教教会の開設が認められました。
このことにより、多くの宣教師たちがアメリカからやってきて、キリスト教の布教を始めます。
1840年には、憲法も制定され、対外的にもハワイ王国は独立国家とみなされるようになります。
しかし、アメリカからの入植者が増え、経済的にも発達してくるとアメリカ寄りの政治を求める声が強くなります。
これにはサトウキビなどの大規模なプランテーションを経営する白人経営者たちが発言力を強めていたという背景があります。

その後、カラカウア王時代には白人たちがクーデターを起こします。
ハワイ独自の政治をハワイアンの手で!と精力的に活動するカラカウア王は白人たちによって脅威だったようです。
このクーデターにより国王の権限は制限され、ハワイ王室は政治力を失うことになります。
カラカウア王が死去した後は、予定通り妹のリリウオカラニが即位しました。
すっかり白人勢力のものとなっていた王国の中で、彼女は王権を取り戻す憲法を起案したり、白人たちと対立を深めていくことになります。

1893年、危機感を募らせた白人たちは、アメリカ海兵隊に出動を要請しイオラニ宮殿を包囲させます。
そして、政庁舎は占拠され、王政は廃止され臨時政府が樹立されてしまいます。
臨時政府はアメリカへの併合を求めるのですが、合衆国はこれを拒否しました。
アメリカのこの態度を見て、併合されるまで時間がかかると判断した臨時政府は独自の新憲法を発布し、1894年ハワイ共和国を成立させます。
翌年にはハワイ最後の王、リリウオカラニが位を退くことになりました。
このようにバタバタと、そして巻き取られるかのように、ハワイ王による統治は終焉を迎えるのです。
1898年、合衆国はハワイ共和国を併合し、ハワイ準州が誕生します。
準州として約60年の歴史を重ね、1959年8月21日、50番目の州として制定されることになりました。

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